XI

 

 

 月のない深夜の東京郊外、街灯の白々しい明かりばかりを光源にして、華奢に骨ばった身体が陰翳の中へ浮かんでくるのを、恍惚とした気分で見下ろしていた。
 ふっくらと持ち上がった繊細な指が、広げたり閉じたりを所在なさげに繰り返す。尺骨の形にくびれた手首は皮の手錠に拘束され、ベッドのフレームに繋がれている。すらりと水が流れるみたいな四肢、薄っぺらい肩、慎ましく迫り出した鎖骨の形。その、小さくて可愛らしいパーツの輪郭を、豆だらけの硬い手のひらで探り当てる。それだけで、恋人はいっそすぎるほど敏感な身体に微細な快楽を溜め込んで、解放を求めて弱々しく啜り泣く。つやつやと濡れた唇がものいいたげに動く。
 湿った脇の下から鳩尾へ指を滑らせたところに、雪の中で開花を待つ桃の蕾を思わせる、色素の薄い乳輪がある。柔らかい皮膚が静かに、清らかにふくれている。その肉に潰されるようにして、真っ赤に充血した乳頭が陥没していた。手嶋は、本人ですらそれとわからない間に、唇の端を舌で舐めていた。この上ない美食を前にして、獣の本能がだらだらと涎を垂らしている。
「純太——」ほとんど吐息みたいな声だった。春の花びらみたいな唇を何度も舐め、足の指でシーツを掻いた。怯えている。手嶋は怖がりな恋人にやさしく無邪気に笑いかけた。震える瞼をそっと撫でてやった。その格好のまま、親指と人差し指の爪で、乳頭ごと乳首を捕らえて、
「あ、あッ」
 つまみ出した。虐待という言葉が相応しいくらいに、粗雑な愛撫に応じて、二つの肉は卑屈に勃起する。
 汚れのない真っ白な身体に相反して、乳頭は赤く熟れ肥大して、露骨にメスの性を呈している。期待のあまり粒だった肉にはピアッシングで開けた穴が一つずつ、瘡蓋になりかけているが、すこし弄ればすぐさま剥がれて無様に血を流すだろう。散々針先でいじめた乳管は広がってぷっくりと腫れている。男の手で調教され切った乳首だ。興奮のあまり遠のく意識をなんとか押さえつけながら手嶋は、薬指の先で窪んだ乳輪をほじくった。
「青八木かわいい。期待してんの」
「して、ない……」
「嘘。だってすげぇ勃ってんじゃん。乳首ビンビンにして、涎垂らしてさ、淫乱」
 恋人の勃起乳首を押し潰す。
「お仕置きが必要かな?」
 潤んだ瞳の中に、恐怖の色がよぎった。彼に何か言わせる間もなく、手嶋は右の柔らかい瘡蓋に指を食い込ませ、渾身の力で引きちぎった。
「ぃ゛ッ……ぅ……っァ! ——あああ!!」声もなく悲鳴を上げて恋人は、ねばついた濃い粘液を自らの腹の上にぶちまけた。全身が激しく痙攣し、拘束具ががちゃがちゃと音を立てて揺れた。痙攣がおさまらない。快楽の果てから戻ってこられない。気つけがいるだろう。手嶋はサイドテーブルに散らばしてあった金属の針の中から、細く鋭利なものを選び取り、新鮮な血液で甘くふやけた粘膜に鋭利な先を潜り込ませた。容赦のない暴虐。蹂躙。容赦のない暴虐。蹂躙。絶叫が上がる。涼しげに持ち上がった眦から、ついに、苦痛と悦楽のために涙が一粒こぼれ落ちた。
「ぃ、いた……っ! いたい、ぃッ、純太ぁ……」
 痛ましい。非道だ。細い血脈が切断されてゆくたびに恋人が嗚咽する。だが手嶋はいっかな萎えたりはしない。汗に濡れた髪を優しく撫でてやる。だが侵寇する針は止まらない。先端が完全に乳頭を貫いたのを確認して、手嶋は無造作に針を抜き、首輪と鎖で繋がった細いピンチャーを差し込んだ。両端にぶら下がった錘が揺れた。”お仕置き”された恋人は、今やほとんど身動きの取れないありさまだったが、それでも気もちよさそうに頰をばら色に染め、唇を薄く開いていた。