ロマンス


 最初に手をかけたのは、自分の母親だったと思う。
 もう長いことこうしてきたから今更思うこともないが、当時はまだ二十にも行かない子供で、まかりなりとも家族である人間に忘れられるのには耐え難い苦痛が伴った。母が作った手料理なんかを思い出しながら一晩中泣いて、アカデミア在学中送ってくれた葉書を何度も何度も見返して、それから事に至った。明け方、寝室で眠る女の顔に手をかざして、あとは一瞬だ。父親にも同様にした。その朝、十代は誰の子でもなくなった。
 それからは、自分の存在を不審に思う人間が現れるたびに同じ手を使った。
「おまえには遊星を幸せにできない」
 男は、十代の膝に頭を乗せた姿勢のままで言う。
 十代は物思いから引き戻され、あらためて膝の上に乗った小さな顔を眺めてみた。こがね色の髪がくるぶしのあたりまで垂れて、それが月光に洗われてかがやくさまは、若いころに友人と連れ立って見た大きな滝を思わせた。手のひらで撫でてやると、指の動きに合わせて大きな身体がゆったりと動く。
「くすぐったい」
「ごめん」
「俺の話を聞いていたのか」
 聞いてなかった、というと、彼は怒った。正確には、怒ったふりをしただけだが、十代にはどうでも良かったので、適当に謝っておいた。
 男はしかたなさそうな顔になる。この若造には、十代の心中など探れるはずもない。
「遊星はお前のことばかりだ……、現れもしないお前のことを考えてばかりいる。この俺など眼中にないようなのだ」
「俺は何もしてないぜ」
 昔ちょっと一緒に戦っただけだ。立場としては、この男の方と同じ、いや、むしろ彼の方が近しいくらいであるはずなのだ。
 バカを言うな、と、男は不機嫌そうに眉を顰めた。だが今度は十代を咎めたりしない。
「ほんとだよ。一日も一緒にいなかった、ただの通りすがりだ」
「その通りすがりはスターか何かか。遊星はあれからお前の話ばかりだ。お前のことばかり言って聞かされる。俺は、遊星、やつとは乳飲み子のころからの付き合いだ、それを、お前に」
「変な登場をしたから、ちょっと勘違いしてるだけさ」
「なんの勘違いだ!」
 床に落ちた枕が一瞬にして顔面に飛んでくる。
「とにかく、お前の出る幕などないぞ。血迷うなよ!」
「解ってるって。それより、もう一回するだろ?」
「……」
 十代が耳元でそれっぽく囁いてやると、 男は、自分より一回りも二回りも小さな