王国


 昔々、ある国に、たいそう美しい、春の若葉のような皇子がおりました。
 皇子がお生まれになった朝、その国で最も権威のある老預言者が、此度御生誕になられる御子は、長らく地の果てに幽閉されていた神の生まれ変わりだ、といったので、皇子の誕生は国中に歓迎されました。今でこそ、神の救いなどないのだとみながわかりますが、そのころは、光り輝く神という絶対王者の存在が強く信じられていたのでした。
 生まれた皇子は、太陽の光を集めてきたような光り輝く金の髪、月の高貴な明るさを思わせる真っ白な肌、王の血筋を証明する貝紫色の瞳を持ち、母の胎で皇帝の冠を受けた運命の子だとたいそうもてはやされました。特に、母君に当たる時の皇后は、皇子を病的なほど溺愛しておりました。十人の神官と十人の魔導士を呼び、あらゆる祝福と加護の魔法を皇子に与えたのを皮切りに、世界中のまじないや迷信の類を集めてきては皇子に与え、優秀な学者たちを高額な賃金で雇っては皇子につけ、その過保護ぶりと溺愛ぶりには皇帝ですら頭を悩ませるほどでした。
 さて、周りの思惑を置き去りにして、この帝国の新たな星はすくすくと健康に成長していきました。皇子が八歳になる頃には、野の若鹿たちのような溌剌としたみずみずしさと、咲き綻ぶ紅薔薇の艶麗が、その肌の上で自由自在に遊ぶようになっていました。あまりに倒錯的で美しいので、人々は皇子を慕う一方で、一種の畏れのようなものを感じるようになっておりました。
 というのも、皇子は人を知らないのでありました。皇后があまりにも大切になさるので、皇子の知る自分以外の人間というものは、数人の学者たちと、高貴なご両親に留まりました。人を知らぬ皇子は、明るく気立の良い微笑みの折に、すっと温度のない目をする。そうしてまた、周りの人間は皇子を畏れ多く思うのでした。
 しかし、そんな悲しい皇子の半生にも、ある日春が訪れます。皇子に同年代の友人がいないことを、さすがに哀れに思ったのでしょう、皇后は皇子に一人の奴隷をお与えになりました。
 奴隷は東洋の国から売られてきた異邦人で、名を遊星といいました。遊星はかたくなで冷えた、凍土のような顔つきの少年でしたが、雪の底には春を待つ芽吹きがあるように、どこか強い意志を感じさせる眼差しをしておりました。
 皇子は奴隷を一目で気に入りました。それから二人はいつも一緒でした。二人は、全く違う境遇に立つ者でありながら、磁石と磁石が引き合うように、お互いを必要としたのでした。二人の間には不思議な友情が生まれ、やがてそれは恋情へと変わっていきました。二人が十五歳になったころのことでありました。
 恋をして、皇子はますます美しく、危ういまでに神秘的になってゆきました。その美しさたるや、この世のものとは思えぬほどだったので、宮廷人たちはこぞって皇子の噂話をしました。ある者は言いました、「あれではまるで妖精だ」と。ある者は言いました、「天使に違いない」と。ある者は言いました、「悪魔と契約しているのだ、でなければあのように美しいはずがない」と……。
 一方、人々の噂の彼岸で、二人は秘密の逢瀬に没頭しておりました。その日も、皇子は追い縋る皇后すら遠ざけて、奴隷を部屋に招き入れました。
 寝台に座った皇子の前に傅き、奴隷はその白く滑らかな足に口づけをする。皇子の、遠い国の御伽噺のような御身体の中で、奴隷の唇に触れられて熱くなる皮膚の一部分だけが真実でした。