ガールフレンド

 

 一方、遊星はますます妹から遠ざかり、そのぶんの時間を村の学舎でできた友人と連むのに傾けた。淡い赤毛の男の子や変わった風貌の日本人の少年なんかがとくに遊星を構い、そのうち、初めてのガールフレンドもできた。クラスでいちばんかわいい女の子、強気に釣りあがった目尻が、愛の言葉に恥じいって困ったように下がるのがいじらしい、強くて優しい女の子。遊星は彼女をとても好きだった。仲間たちを欺いてまで二人抜け出してきて、森の小道で秘密のデートをするのが好きだった。

 その日は朝から雨が降り通し、曇天の気怠い気配は湖の星のような輝きを覆っていた。湖畔はぬかるんでとても歩けるような状態ではなかったし、鳥たちはみんなどこかにかくれ、水面を打つ雨音以外はすべてが気絶したようにしずかだった。
 遊星はガールフレンドの手を引いて、学舎の裏手にある小さな薪小屋に導いた。軒の下の土壌は雨足を逃れて乾燥していたが、綺麗好きの彼女のために、スラックスのポケットの中でちぢこまっている綿のハンカチを敷いてあげた。ありがとう、と彼女が微笑む。

 濡れたシャツに透ける肌色が艶めかしい。ふっくらと脂肪のついた腹や、膨らみはじめた未成熟な乳房が、あけすけに晒され、遊星の官能の深い部分を指先でわざとらしく撫でてくる。水分を吸った豊かな金髪は白い頸にまとわりついて、それをかきあげる仕草ですら、幼い遊星には息をするのもつらくなるような拷問だった。
「どうした」
 彼女の、細く頼りない"女"の手が、ぎこちない遊星の肩を撫でる。すっかりのぼせて、全身のあらゆる場所に血液の豪流を流し込む様子を、彼女はとんちんかんな方向に解釈したのかもしれない、風邪をひいたのなら、今日は帰ったほうがいい、とさえ言う。
「違うんだ」
 遊星の、震えてやくたたずの声帯は、かろうじてそう答えた。
「違う。違う……」
「何が違うのだ。遊星、お前、今日はどこかおかしいぞ」
「来てくれ」
 彼女の手首をふっと掴んで、引き上げる。慌てた様子でハンカチを持ち上げ、土をはたき落とそうとするのも構わず、彼女の腕を強引に引いて歩く。
「遊星!」
 小さな悲鳴が首の後ろで弾けたが、それすらも、遊星の興奮をたぎらせるばかりである。
 粗末な木柵を乗り越えて学舎の敷地を脱出し、そのまま初夏の気配に薫りたつポプラの樹木の間を縫って歩く。雨雫が深い緑の葉を軽く叩くのが、映像のない夢を見ているときの耳鳴りに似て心地よい。
 熱に浮かされ、無我夢中で進む。無造作に散らばった枝が彼女のサンダルの足を傷つけるので、途中からは細い身体を腕に抱えて歩いた。森が開けてきて、いつもの切り株が見えてくる。スニーカーの足で枝を退け、柔らかく湿った枯葉の上に、遊星が聖マリアよりも慕わしく思っている小さな身体を横たえる。
「遊星」
「す、すまない。だが、俺は、お、お前を。おまえを……」
 まだいくぶんか生焼けのドイツ語が、必死に愛の言葉を探した。貞淑ぶって、日頃から彼女に愛を伝えてこなかったことを、遊星はひどく後悔していた。
「……」
 彼女の瞳が、ぱっと目覚めたようになって、それからじわじわと期待を帯びてうるんできた。平手が飛んでくるかと身構えたが、珍しいことに、彼女は手のひらどころか、指一つ動かさなかった。
「おまえが欲しい」
「いいぞ」
 小さな頭が、鷹揚に頷いた。