2024/01/18

 

 

 

 

   ナッシング・トゥ・マイネーム

ジュンコ わたしのジュンコ
閉店後の、四川料理屋のポーチに裸足で座っている
親指で赤虫を潰す

ジュンコ、
錦江飯店(シンジャンホテル)でウエイトレスをしながら小説を書いている
新作が発禁になる
不能の恋人に飽きて、ドイツ人の男とトイレでハメたこと

ジュンコ、
セリーヌのモデルになりたい
白いシャスールジャケットから肋の浮いた腹を出す
ブルーパールの無窮のきらめき

セックスのとき、わたしの腹を刻むのがやめられないジュンコ
空気に触れて固まりかけの血を啜るジュンコ
カルシウムの粉で唇が白くなったジュンコ
男に傷つけられたジュンコ……

ジュンコ、
食べないから太れないのよ
ジュンコ、マリファナはサラダじゃないよ

喧嘩して、お前を日本へ強制送還させてやる、とシャウトするジュンコ
暗い部屋でエヌエイチケーワールドをループ再生するジュンコ
わたしにディオールのコスメを買ってくれようとするジュンコ
早朝の南京東路(ナンシンドンルー)で何者でもないことに怯えていたジュンコ

ラブアンドキッセズ・エイティーエイト 白い鍵盤にもたれる
二百足らずの衝動と欲望のかたまり
ジュンコの深爪の指に眠りたい
骨と肉を離れて 言葉だけなら正直でいられる気がするの

ブッダは天山(テンシャン)を超えるまでにずいぶん太ったねと微笑むジュンコ
茂昌眼鏡公司オプティカル・ゴンスー)のピンクのネオンの下で裸になるジュンコ
わたしの足の小指の味が忘れられないと言うジュンコ
浴室の、ラピスラズリのタイル床に張り付いているジュンコ

あの人は困ったふう バカの相手はいいかげんやめろとため息をつく
眼鏡のブリッジをそれっぽく持ち上げて見せる
やめる、やめない、どちらでもないのはカリーピッツァの名店 なつかしいね

ジュンコ、
ノルニルの末娘は毛細血管まで巻き取ってしまうよ
いつかルーブル美術館アセンションしようね
青いブーツでクール・カレを征服しようね

ジュンコ、
ちんちょうに下がった六十六キロの肉に縋りつく
千キロを先行するメリダの、黒い逆風にとこしえに包まれたまま
わたしの臍を真鍮のハサミで抉りこむ

高プロラクチン血症のわたしの乳汁を啜るジュンコ
闇医者で手術して子宮を四万ドルで売るジュンコ
あんたはずっと膣穴を開けておいてね、壁の血管をいつでも腫れさせていてね、
月に一度きたない血を流してね、あたしの子どもを産んでね、と泣くジュンコ

冷蔵庫の中にあの人の精液が凍っている
黄浦(ホワンプー)を遡りジュンコはようやく、彼女の夢を叶えた

 

 

 


   それ以外は意味ない

生産の機構である以外に人間である意味はない
あなたがたにはわからないでしょうけど

エナドリには炭酸が入ってない、ベンツピレンを動脈に流し込まれてる気分
錠剤を砕いて真っ白にして飲んだ方がずっとましなのよ
けっきょく、アトラスは疲れて寝てしまうし、何にも意味はないんだけど
あたしらが人間でいるには、こうでもしないとダメなのよ

十七・五ポイント、文字の上を滑走 たいせつなものは凍土の下にある
ステップの遊び人たちはいま、オックスフォードの厚底の下にある
明日はどうしよう、明後日はどうしよう、湿ったノイバラの葉を、幽寂の中でかき分けて、
いばらで血だらけになった手のひらが、あんたのオマンコに触ったのよ

小学校(シャオシエ)の校庭であたしの左腕が燃えているの
見てよ、不能の枝に金の蝋梅が咲くよ、嘘をつけないあんたを粉にして耳から吸ったの
一五二・四七・二十一、あんたのシェイプってノントーシェント、スーラはムハンマド
それがいま、あたしの内臓を結晶化させて、鍋の芋ころがしの中にころんと寝転んだの

浦東(プードン)国際空港の第一ターミナル、紐で繋がれた星辰のコンコース、
スキャバルの黒いプルーネラ織り、高慢なニシキ蛇皮が大きな足によくお似合いだわ
腰ほどしか背丈のない小さな女の子、子犬のケージを抱えて、黒い目で暗澹と見上げるのは、
ペトリの中のハイ・デザイア 三半規管、前庭のタップダンスをあたしは、
受け入れられませんでした

冬牡丹 ブレザー服を着た神さま、どうぞあの子をスライス肉にしてください
かすかに、はい、と聞こえた。

あたし金星(ジンシン)、清らかな湖の底で育てていたハルブの種があるの
うまく使ってあたしの子を孕みなさい
壊れたい、産まれたい、色即是空、無常迅速、浄玻璃の鏡をのぞき込むのは青い星
寝ているあんたの乳首を噛んでみる やわらかくて冷たくて、あたしは知らず息をつめた

西の地平に薄る月 いつかモスクワの海を歩いていたとき、裸足で何かを踏みつけたのよ
それは、ハノイでなくしたパソコンが二時間かかって戻ってきたときのうれしさ、
ハンドルから手を離し、激しくさかまく風の中で、差し伸べられた白い腕と接続したときの、
憎しみ、横須賀のカフェ・チェーンのボックス席で、俯くつむじを見ていたときの夢うつつ

つめの先の白いところをぜんぶ許せない、だからメルポメネーのくるぶしに齧り付いたの、
それ以外に生命の意義を感じられないの、生肉の生理反応に翳ってあんたが見えないの
ビューイックのボンネットに縛りつけた肉体の、浅ましく湿っているところを啜り、
奥歯ですり潰した 覚後禅 先生(イーシェン)、もっと強いのを出してください、眠れないんです……

ぶよぶよした蛍光グリーンの受精卵 みんな孵って、それから、めちゃくちゃにしたかしら
下水管を通って排水溝から這い出て、家庭の中にぬるぬる侵入していったかしら
イケアの白い木のテーブルを齧ってフンにしたかしら
湿気で黒縁眼鏡が白く曇って、宅配のピザはもう冷たく、固くなったかな

下春、九八〇キロの果て、渡り廊下ですれ違ったとき、ふいに向けられた侮蔑の眼差し
よるべなく握り込んだささくれだらけの指
何も言えなかったのは、七十三の下で粉砕された左肩の骨を、まだ後ろ手に隠していたから
ベスト・リガーズ!

誰よりも幸せになりたいから青い靴で破滅に志向する
……あんたって、最近寝てばかりね 

 

 

 


   横須賀モダリズム

猫の仔らにたわむれに餌をやる

かたほうは長靴を履いて戻ってきた
かたほうは、穴に棘でも食い込ませているだろう

ロナルド・レーガンアメリカに帰る
星条旗は日傘の白いレースにさえぎられる、くせ毛が痩けた頬に薄青くたれている
巻いていくつるに左腕を絡め取られる、友人であることもあるいは永遠の葛蔓
いちごのソルベージュを吸いながら、べつに、いいわよ、と女は言った

あなたがたが切望するものを……と女、あたしは与えることができる、好きに使いなさい
そして同じ分だけあたしにもよこしてね、飢えているのはみな同じなのだから

筋肉がなめした鞭のように張り詰めて、心はさえざえと冷えていく
当たり障りのないアートワーク、ヴィンテージ風のファニチャーにイエズス会の聖書、
漂白されたタオル、かび臭いカーペット、〈起こさないでください〉のサインプレート、
薄笑いの顔に叩きつけたピザハウスのリーフレット、割引券付き
自害してしまおう、今、すぐに、垂れた頭から三十五グラムが遠ざかる
ここを、深い水だと思って、身投げすればすぐにでも死ねるわよ、と女は言った

浅緑のスクールロッカーが激しく音を立てて閉まる
煉瓦の窯に生白い生地が張り付いている
修善寺の山嶺に浮浪雲がさしかかる
薄暮の中でおぼつかない白字 速度落とせ!  

ブルーベリージャムは清廉潔白
ジュメイラ・ヒマラヤズのラウンジに、粗末なスニーカー靴を揃えて座ってる
不幸の花も扇に載せれば静かに色めき立つ、花弁がちぎれていても、蕊を奪われていても
地球の裏に黒点 ザ・エンペラー・リバースド それが思し召しならと、寡黙に頷いた

不能の愛に、不義の遊泳に、真実などいるものか、
豊かな土に種を撒けば萌芽する 道理ではないか

つやつやした黒のアルミフレームに載せた、重く肥大した自尊心、
流氷にひびが入る 半透明の冷たい鏤みに横たわる金色の麦の穂、耐え難いほど軽い、
互いにそっぽを向いた二枚のジョーカーカードに融合をかけて、墓地に送る
血管を引きちぎり、骨を粉砕し、肉は細切れミンチにして、盃の上にエンキドゥを創る
大義そうににぎり込んだ左手に唾を吐いた、とても正気とは思えない、愚かだ、
迫るハルメギドの地平、すべてを見る必要はないと、寡黙に頷いた

何も知らなければこそ、愛は深まるというものだろう
離した野良がどうなったかなど、拘泥するまでもないことだ……

コンクリートの道の上に白く境界が浮かび上がる
ボードの上に蛍光緑が鈍く反射している
あれが十の三乗地点 一〇九五日の涯 
喉にまで潮の香りが押し寄せる、これっきり坂

トランジット十八時間、出発ロビーFゲート、水平尾翼が赤く光る
小さな手のひらが差しだすブルーパールのイヤリング
泡立つような予兆に、顔を上げるもすでに誰の姿もなく、
あとはただ夜に向かって黒い大理石の廊が続くばかりである