2020年6月29日

B-1


 オープン・ヒップ・ツイスト、 ホッキー ・ティック 、 オープン・ベーシック 、チャチャチャのステップは、十代の細い身体によくにあった。チャチャチャというのはマンボを源流とするキューバのダンスで、マンボよりもスローだ、そのために美しく軽快なステップが踏める。十代はそのすべらかな背中をしならせて、木の実をむしろうとする白鳥のように、アレマーナステップを踏んだ。そのまま二人輪になってくるくると回る。
 ヴァラデロの広場で歓声が沸いた。十代は肩で息をしながら、観客の白人からドミニカ産の甘くて強いリキュールをもらい、一息に喉に流し込んだ。キューバの、伝統的なダンスを踊るアジア人の美しい女、それだけで十代は、この真昼の広場で注目を浴びた。
 白く張りのある、病的なほど美しい肌は、熱帯のギラギラとした太陽にさらされ焼かれても汗ひとつかいていない。長く肉感のある手足はミニのブラックドレスからすらりと伸び、切れ長で大きな目許はすずしげだ。遊星は彼女を眺め、微笑んだ、遊星は彼女のことを愛していたし、おそらく、彼女も遊星のことを愛してくれていた。
「遊星!」
 白人のところから戻ってきた十代が、遊星の首に抱き着き、キスをする。
「十代さん」
「へへ、遊星、おつかれさま。一杯どうだ?」
 
(ちょっと思いつかないので中略)

「服を脱いでください」
遊星はダッシュボードにもたれかかったまま、そういうふうに命令をした、よく見えるようにひじをついて顎を載せ、十代を見つめる。彼女は恥ずかしそうに睫を伏せ、ちらっと自分を見つめる男に視線をよこし、またためらいがちにうつむいてから、ようやく、スカートの裾に手をかけた。
 まず、ドレスの留め金を外す。いつものように甘えて、はずして、なんて言っても恋人が許さないことを十代は知っている、長い腕を伸ばしてとはずしていく、ひとつ、ふたつ、三つ目で、彼女は手惑った。否、そういう演技をしているのだと遊星にはわかっていた、金属のホックに彼女の赤く塗られた長い爪が引っ掛かり、はずれない、というふりをする。遊星は半分まで露出した、下着をつけていない彼女の乳房を視姦する。白魚の腹を思わせる、美しくすべらかな乳房だ。いまはまだ厚い生地に覆われているかわいらしい乳頭のことを想った。
「えっち」
 彼女が笑う。また、キスをする。五つ目まで外すと、彼女は窮屈そうに体を折り曲げながら、それは無理やり狭い虫かごに入れられたオオムラサキが、うまくもがこうとする姿勢によくにていた、ドレスを脱ぎ捨て、ショーツだけになった。遊星のメルセデスは裏通りに停められていたが、いつ人が通るかわからない状況に彼女は興奮していた。
「はやく」
 熱っぽく息を吐きながら、言う、
「堪え性のないかたですね」
「だって遊星が」
「俺が何ですか」
「いじわる……」
 いじらしく身体を縮こませ、十代は乞う、自分を昂らせ、どうにかしてしまう男の手をだ、遊星は唇ばかりに笑みを載せながら、その細っぽいがりがりの身体に触れた。こうして情を交わすことは初めてではなかったが、いつまでも彼女はうぶだったし、遊星は彼女をまるで触れるだけで割れてしまいそうな露玉のように扱った。
 十代は自分からショーツを脱いで見せた。
「足を開いてください」
 恥じらいながら膝を割る。
「違います、こうです、そうしないとよく見えないでしょう」
「はずかしい」
 薄桃色の肉を割り開き、傷付けぬようやさしく指を行き来させると、彼女は身を捩らせて抵抗するそぶりを見せた。座席シートの、頭をささえる部分を抱きしめ、必死に声を殺している。
 はじめのうち、まるで砂に埋れて久しい二枚貝のように奥ゆかしくぴたりと閉じられていたその入り口は、微弱な快感に少しずつ貪欲になっていく。ざらついた指の腹が触れるたびにかすかに震え、かわいらしいうぶな色の花弁を開き、いまや欲しい欲しいと口を開けて涎を垂らしていた。緩みきった空洞に骨張って太い指を突き入れると、色のない分泌液が音を立てて泡立ちなんとも卑猥である。彼女が細い腰を揺らめかせ、口先では否定の言葉をつらなせながらも、時折甘くじっとりと湿った吐息を漏らすのに遊星は得もいわれぬ心地を覚える。左指を右指のすぐ上に添える。
 先ほどから爪の先ほども触れられず待ちきれなくなってしまった花芯は、すこし擦っただけで過剰なほどに反応を示した。とろりと溢れ出る濁った愛液、魚のように跳ねるしなやかな身体。遅れて、押し殺しきれなかった絶叫が夜半の空気に漣を起こし、冷静だった遊星の脳髄を熱くぐずぐずに侵した。「だめ」たおやかで繊細な指先が、遊星の手の甲に添えられる。細やかに震えている。「だめ、これ以上されたら、もう」
 はじめてでもないくせに、彼女はこういったことにいまだ慣れぬといった様子を度々見せた。そしてその無力な抵抗を力でねじ伏せ、優しい言葉で恐怖を取り払ってやり、結果的に流してしまうのに遊星は仄暗い優越感を覚えるのだった。大丈夫ですよ、彼女を怖がらせないための言葉をひととおり覚えた嘘つきな唇がもっともらしく言う。
「俺は、ここにいます」
 とがった先に口付けると、絶叫は音を失った。掠れた空気の出ていく気の抜けた呼吸音ばかり断続的に響いた。熟れた芯を嬲り、食み、歯先で擦り合わせるように甘噛みする。彼女は泣いていた。汗と涙とで美しいかんばせをどろどろに汚し、余裕のある平生の彼女を完全に失って、そこにあるのはただ一人の男の愛を待ち望む一匹の雌の姿だった。
「ぁ、ゃ、」
「十代さん……」
「ゆ、せ、ゆうせ、ゆうせ……」
 花蜜を舌先で舐りながら、なんとか探り当てた指先に、神聖な契りでも交わすかのようにていねいに触れ、撫で、そっと握る。すべらかな薄い肌はひやりと冷たく、それでいて伏流する血潮の気配を漂わせ、かすかに汗ばんでいた。彼女は気の抜けたような喉声を出し、赤ん坊が乳をねだるみたいな調子で無邪気に遊星の掌を握り返してくる。指の間の付け根のあたりを擦り合わせ、強く引き寄せては離れ、先の細くなったあたりをしつこく摘んでは、また情熱的に握り合う。遊星の、日常的に金属を握り硬くざらついた手首から指先までが皮膚を行き来するだけで、感じやすい彼女は官能の存在を強く覚えるらしかった。吐く息が熱い。手ばかりが先に愉しんでいるかのようだ。
「駄目だ……」
 彼女の股座から離れると、期待と不安とで飴玉さながらの艶を帯び、微光をすべらせ淡くかがやく二つの眼が、そろって遊星の方を窺った。
「すみません、俺も、余裕がなくて」
 薄く椿色を乗せた皮膚に、愛を。繋がったままだった手にはより強く結びつきを求めさせ、呼吸すらままならなくなってきた彼女の脣に噛みつく。重ねられた肉びらの隙間から熟しきった喘ぎが溢れ出していく。シートへ押し付けた肩がたよりなく震えるのが、どうしようもなくいじらしく、かわいかった。
「はやく、はやく、遊星」
「……」
「あァ!」
 十代を抱き上げ、運転席に座る自分の男性器にはまるように、その身体を引き下ろす、ちょうど路肩を通りかかったスパニッシュの男に痴態を目撃されてそれだけで十代は絶頂した、十代を犯しながら遊星はいままで関係を持ってきた女のことを思い出していた、そうしてダッシュボードに入れてあったクリスタルの袋を歯で乱暴に開け、十代に吸わせ自分も吸い、身体に回るエクスタシーに浸りながら、これ以上の女はかつて今までいなかった、と思った。まず美しかった。十代は美しく、けなげで、すこしだけおかしいところがあったが、それもよしと肯定できるほどに女としての器量に富んでいた。
 子宮口を押し上げると、とろけるような声を上げて身体を折り曲げ、快感を逃そうとする。だめです、と腹を持ち上げると、暴れながら抵抗した。完全に我を失っている。遊星はそんな痴態にほくそえみ、彼女の膝裏を持ち上げて、桃色の膣口を指で押し広げて彼女に見せた。「どうです?」
 いじわるっぽく問いかける。
「ほしくてほしくてたまらないって顔していらっしゃいますね、もうじゅうぶんさしあげてるというのに、十代さんは欲しがりだから」
「やァ……遊星、や、」
「どうしてほしいんですか?」
「う……」
「どうしてほしいんですか?」
「は、はやく、出して、出して、遊星、出して、おねがい」
「はい」
 腰を上下にグラインドさせて壁を叩くと十代は美しい旧市街に響くほどの大声を出して泣いた。
「遊星の赤ちゃん、赤ちゃんほしい、あう、あ、あ」
 それはここ数日で、何度も聞いた言葉だった。
 彼女は最近、ことあるごとに遊星との子供を欲しがっている、大きな絶頂が近づくと、我を失ったように叫ぶのだ。
「ゆうせ、はやく、はやく、はやく」
「……、わかってますよ」
「あァ――、いく、いく、い、ぐぅ、あ、赤ちゃんほしい、遊星、ゆうせい!」
 十代を強く腕に抱いたまま、遊星は意識を失った。