2022年9月22日

 

C-1

 

 朝がやってきた。
 暁の薄明が、地平線のかなたで薔薇の花びらがするようにほころび、東の空に星々のまどろみを消し去っていく。雲は細い旗のように悠然とたなびき、風は未だ青白くくすんだ家々のあいだに奔放にひるがえる。
 二十五歳のジョニーは、まだ柔軟剤の香りの残るシーツの中でゆっくりと覚醒に漕ぎ着けた。あまりにもなめらかに無意識の領域を脱したので、彼はしばらくの間、自分が眠りから覚めたのだということにすら気づかなかった。手も足もぽかぽかとあたたかくて気持ちがいい。幸福な夢の残り香が、まだ鼻の先のあたりにおだやかに漂っている。この上なく贅沢で心地の良い目覚めだ。
 寝返りをうとうとして、彼はふと、彼の胸や投げ出した上腕にかかるやさしい重みのことを思い出した。乾いた目を擦り、瞬きを数度して改めて確認すれば、それは誰よりも愛しい妻の小さな頭がかける重みだった。
 彼女は控えめな呼吸を立てながら、安心し切ったあどけない顔でジョニーの胸に寄り添い眠っていた。
 黒曜石を漉いて作ったかのような艶やかな黒髪は無造作に散らばり、ひっかかり一つさえないすべらかな肌は、白日と彼のまなざしとの前に隠し立てされることなく晒されている。豊かに張りつめた乳房に淡く熟した嘴、しなやかにくびれた腹、夢見る感度でなだらかな曲線を描く腰、無防備につやを帯びた長い脚。重ねた内腿の奥にたしかに呼吸する女の器官。昨夜、狂おしいほど愛した身体だ。耐えきれず一心に抱き寄せれば、彼女は甘やかな喉声を上げ、ジョニーの鎖骨あたりに頬をすり寄せるようにして身じろいだ。
「おはよう、僕のかわいい奥さん」
 小さな額やほのかに血色を乗せた頬、鼻の先などに小さくキスを散りばめた。彼女が抵抗らしい抵抗を見せないのを良いことに、髪を指先に絡めて弄んだり、うなじに軽く歯を立ててみたり、やわらかそうな耳殻に息を吹きかけてみたりした。そのたびに彼女はくぐもった笑い声を漏らすのだが、かたくなにまぶたを開けようとしない。
「ねぼすけだね」
 そう囁けば、彼女はいよいよ嬉しげに口元をゆるめ、いっそう身体を摺り寄せてきた。
「朝ごはん、フレンチトーストにしようと思ってたんだけどなぁ。仕方ない、僕一人で食べちゃおう」
「まあ!」
 食べ物に釣られて、ようやく彼女はまぶたを開いた。「ずるい人」
 少女の時から何ら変わらない常青の瞳が、窓からの光を受けてきらりと輝く。彼女は悪戯っぽく目をすがめ、鼻先をぐっとジョニーの顔に近づけたかと思うと、実にあっさりとその唇を奪ってみせた。触れるだけのかわいらしい接吻。
 面食らって言葉を失う夫を上目遣いで見つめ、彼女は満足そうに微笑んだ。
「おはようございます、あなた」
 ジョニーの天使は今日もきれいだ。